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BtoBマーケティングは「リード獲得の技術」ではない

庭山一郎『BtoBマーケティングの基本』から考える、売上を生み続ける仕組み

庭山一郎氏の新刊『この1冊ですべてわかる BtoBマーケティングの基本』を手に取った。表紙には、ホールファネル、アンゾフマトリクス、ABM、GTM、PRM、リードナーチャリング、展示会、メール、ホワイトペーパー、紙のDMといった言葉が並んでいる。一見すると、BtoBマーケティングの用語と手法を幅広く整理した実務書に見える。

しかし、公開されている全6章の構成をたどると、本書が本当に問いかけているのは「次の施策をどう実施するか」だけではないことがわかる。中心にあるのは、点在するマーケティング活動を、継続的に売上を生み出す経営システムへどう変えるかという問題だ。

多くの企業は、マーケティングをしていないわけではない。展示会に出展し、広告を出し、メールを送り、ウェビナーを開催し、CRMやMAも導入している。それでも、各活動がどれだけ有効商談を生み、どれだけパイプラインに貢献し、その後の顧客関係をどれだけ拡大したのかを説明できないことは少なくない。

マーケティングを「コストのかかる支援部門」から「収益に責任を持つ部門」へ変える。そのためには個別のツールより先に、BtoBマーケティングの全体像を理解する必要がある。本書の価値は、まさにそこにある。

1.「どう宣伝するか」ではなく、「どう市場を経営するか」

本書の6章は、次のような順序で構成されている。

1. BtoBマーケティングの定義と、BtoCとの共通点・相違点を確認する。

2. DoV-STP-M-Dによって、価値定義から需要創出までの全体像を示す。

3. リードジェネレーション、データマネジメント、ナーチャリング、クオリフィケーションを実務に落とす。

4. アンゾフマトリクス、ABM、GTM、PRM、CRM、パイプラインマネジメントを整理する。

5. マーケターが何を、誰から、どこで学ぶべきかを考える。

6. AIとグローバル競争を前提に、BtoBマーケティングの未来を展望する。

この順番には意味がある。現場では、第3章や第4章に相当するところから始めてしまいがちだ。MAを導入する、ABMを掲げる、広告を増やす、CRMを刷新する。しかし、その前提となる「自社の価値は何か」「誰を顧客とするのか」「なぜ選ばれるのか」が曖昧なら、自動化は混乱をより速く、大きくするだけである。

2.出発点はツールではなくDoV――顧客が買う価値を定義する

本書が全体フレームワークの起点に置くDoVは、Definition of Value、すなわち価値の定義である。

単純な問いに見えるが、製品や技術に強いBtoB企業ほど見落としやすい。企業は自社の機能、技術、認証、価格を説明しようとする。一方、顧客が購入しているのは、多くの場合、製品そのものではなく、その製品によって得られる事業成果だ。

たとえば、生産設備の顧客が本当に求めているものは、スペックではなく、停止時間の削減、安定した生産能力、品質リスクの低下かもしれない。海外展開支援の顧客が求めているものも、物流や通関という個別機能だけではなく、市場投入までの時間短縮、コンプライアンスリスクの低減、安定供給の実現だろう。

価値定義では、少なくとも次の三つを明らかにする必要がある。

ここが明確になって初めて、STP――セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング――が機能する。価値を定義しないまま作られた顧客像は、業種、売上規模、所在地といった静的な属性の一覧になりやすく、顧客の業務課題、購買動機、組織内の意思決定構造に届かない。

つまり、企業が最初に決めるべきなのは「何を売るか」だけではない。誰に、どのような成果をもたらすのかである。

3.リードは商談ではない――デマンドジェネレーションの四つの連続工程

第3章では、デマンドジェネレーションの実践が、次の四つの工程として整理されている。

1. リードジェネレーション――将来の顧客候補を識別可能な状態にする。

2. データマネジメント――散在・重複・欠損した情報を、利用できる顧客資産へ変える。

3. リードナーチャリング――継続的なコミュニケーションで、まだ顕在化していない需要を育てる。

4. リードクオリフィケーション――営業が時間を投じるべき対象を見極める。

この四つは、どれか一つだけでは成果にならない。

展示会で集めた名刺の枚数や、ホワイトペーパーのダウンロード数を成果として報告する企業は多い。しかし、連絡先は需要ではなく、ダウンロードは購買意欲でもない。展示会で500件の情報を得ても、所属企業、役割、関心テーマ、案件時期、次のアクションがわからなければ、転換できない名簿が残るだけである。

データマネジメントが独立した工程として扱われるのは、それが単なる裏方のデータ掃除ではないからだ。「人」と「企業」を結び、接点と関心テーマを結び、利用部門、技術評価者、購買部門、予算責任者、最終決裁者といったBuying Groupを捉えなければ、BtoBの長い購買プロセスは見えてこない。

また、クオリフィケーションの基準をマーケティングだけで決めてはいけない。マーケティングが「メールを3回開封したから有望」と考え、営業が「予算と導入時期が明確な案件しか受け取らない」と考えていれば、対立は避けられない。MQL、SQL、商談の定義を共同でつくり、営業の結果をマーケティングへ戻す仕組みが必要になる。

4.ホールファネルは、部門を一つの収益目標でつなぐ

ホールファネルは、認知、興味、比較、購買を図にしただけのものではない。経営上の意味は、市場との最初の接点から受注、継続、アップセル、クロスセルまで、各段階に責任者、データ、判定基準、前進させる行動を持たせることにある。

リード件数だけを追えば、マーケティングは「量」を優先する。今月の受注だけを追えば、営業は長期育成が必要な将来顧客を後回しにする。ホールファネルは両者を一つの収益連鎖に戻す。マーケティングはリード獲得で終わらず、営業もリードを受け取るだけではない。製品、サービス、経営層も、価値検証と顧客関係の拡大に参加する。

以下は、本書の考え方をもとに私なりに整理した経営チェック表であり、原書の表を転載したものではない。

この流れで議論できるようになると、マーケティング会議はPV、クリック数、参加人数の報告会ではなく、それらがパイプラインと顧客関係をどう変えたかを検討する場になる。

5.ABM、GTM、PRM、CRMは、異なる経営課題への異なる答えである

本書は、混同されやすい複数のフレームワークを、それぞれの経営場面へ戻している。

流行しているからといって、すべてを同時に導入すればよいわけではない。戦略とは選択である。

重要な既存顧客へ競合が入り込んでいるなら、広いリード獲得よりABMが優先される。新製品が未知の市場へ入れないなら、GTMが中心課題になる。売上が販売パートナーに大きく依存するなら、広告費を増やす前にPRMを見直すべきかもしれない。既存顧客が一製品しか購入していないなら、CRM、クロスセル、アップセルの方が大きな成長余地を持つ。

「ABMをやるべきか」と問う前に、「現在の成長を妨げている問題は何か」を問う必要がある。

6.展示会、メール、ホワイトペーパー、SEOは楽器であって、楽譜ではない

本書は、展示会、リアルセミナー、ウェビナー、メール、ホワイトペーパー、テレマーケティング、SEO、紙のDM、口コミ、メディアなど、多様なコミュニケーションチャネルを扱う。デジタルだけに偏らない点は、BtoBの実態に合っている。

ただし、チャネルが増えるほど、統一された価値提案とデータ設計が必要になる。一人の顧客が展示会で企業を知り、ホワイトペーパーを読み、ウェビナーへ参加し、営業と面談し、購買・法務審査を経て受注することは珍しくない。データが分断されていれば、企業に見えるのは複数の無関係な行動であり、一つの購買行動ではない。

BtoBコンテンツの役割も、クリックを集めることだけではない。顧客が社内で意思決定できるよう、課題を言語化し、選択肢を比較し、投資対効果を説明し、技術・運用・法務上のリスクを下げる材料を提供する必要がある。

チャネルは楽器である。価値提案、顧客プロセス、データルールが楽譜である。共通の楽譜がなければ、楽器を増やすほど演奏は乱れる。

7.AIは能力を拡張するが、間違いも拡張する

本書の最終章はBtoBマーケティングの未来を扱い、AI時代だからこそ基本へ戻る必要性を示している。この視点には強く共感する。

AIは、業界別コンテンツの作成、商談記録の整理、顧客シグナルの抽出、リードスコアリングの支援、パイプライン分析などを高速化する。小さなチームでも、以前の大規模組織に近い速度で動ける可能性がある。

しかし、AIは顧客価値を経営者に代わって決めてはくれない。汚れた顧客データを自動的に正しい資産へ変えるわけでもなく、営業とマーケティングの目標対立を解消するわけでもない。

価値定義が誤っていれば、AIは誤ったコンテンツを大量につくる。データが混乱していれば、自動化は誤った相手へ大規模に配信する。適格リードの基準が合意されていなければ、高度なスコアも対立を複雑にする。

AI時代でも順序は変わらない。価値と顧客を定義し、データとプロセスを整え、その後にAIで速度と精度を高める。AIは経営システムそのものではなく、経営システムの増幅器である。

8.本書の価値と、読む際に意識したいこと

特に評価したい四つの点

第一に、孤立したテクニックではなく全体地図を示している。各用語がどこに位置し、収益とどう結びつくのかを把握できる。

第二に、理論と現場を接続している。STP、4P、アンゾフマトリクスが、展示会、データ、MA、パイプライン、パートナー管理と同じ体系で扱われる。

第三に、デジタルツールを答えにしていない。価値、プロセス、データ、組織責任が明確になって初めて、ツールは効果を生む。

第四に、社内の共通言語として使いやすい。経営、製品、マーケティング、営業、カスタマーサービスが、一枚の全体図を見ながら議論できる。

読む際に意識したい三つの点

一方で、約224ページの中で非常に広い領域を扱うため、本書は「総合地図」として読むのがよい。ABM、GTM、PRM、価格、チャネル、データガバナンスは、それぞれ自社の状況に合わせた追加学習と設計が必要になる。

また、企業規模によって適切な組織は違う。大企業はデマンドセンターや専門チームを設けられるが、中小企業は少数の重要な役割を明確にし、簡素なプロセスで効果を検証する方が現実的である。

さらに、AIやデジタルチャネルの具体的なツールは急速に変わる。しかし、価値定義、市場選択、データ品質、部門連携、収益責任という基本課題は、むしろ重要性を増していくだろう。

9.本書を90日の行動へ変える

マーケティングの本を読んで多くの用語を覚えても、仕事の進め方が変わらなければ意味がない。まずは90日で、小さな実証を行うのがよいと思う。

1~30日:価値と対象市場を定義する

31~60日:データとファネルの定義をそろえる

61~90日:試行し、収益への影響を検証する

90日でBtoBマーケティングの全体系が完成するわけではない。しかし、「施策を行う会社」から「収益を設計する会社」へ進み始めたかどうかは確認できる。

おわりに――本当の基本は、組織をつなぐこと

本書から得た最も大きな示唆は、マーケティング用語が増えたことではない。BtoBマーケティングの問題は、表面上は手法の問題に見えても、その深部では経営と組織の問題であるということだ。

企業に足りないのは、より多くのリードではなく、より明確な価値かもしれない。より多くのツールではなく、より信頼できるデータかもしれない。より多くの施策ではなく、マーケティング、営業、製品、サービスが、同じ顧客、同じパイプライン、同じ収益目標に向かって動く仕組みかもしれない。

価値定義、市場選択、需要創出、商談管理、顧客関係の拡大が一本の線になったとき、マーケティングは営業前工程の補助業務ではなく、市場と顧客と収益を持続的に生み出す経営能力になる。

そこにこそ、「BtoBマーケティングの基本」の中で最も基本的でありながら、経営者が最も真剣に向き合うべきテーマがある。


書籍情報・参考資料

注:本稿は、書影、公開目次、出版社紹介、著者の公開資料をもとにしたオリジナルの考察です。逐ページの要約ではなく、原書に代わるものではありません。