管理は厳しく、任せる時は大胆に
——人と組織を育てるための四つの原則
もし、ある社員が3か月連続で目標を達成できなかったら、もう一度機会を与えるべきでしょうか。それとも、担当を替えるべきでしょうか。
経営者や管理職にとって、非常に悩ましい問題です。
替えれば「人情がない」と感じる。替えなければ、その人の未達を周囲が補い続け、チーム全体が疲弊していく。迷っているうちに、本来厳しくすべき場面で曖昧になり、責任を任せるべき人には仕事を渡せず、配置を見直すべき時には決断を先延ばしにしてしまいます。その一方で、日常の言葉だけがだんだん厳しくなることもあります。
つまり、厳しくすべきところで厳しくできず、厳しくする必要のないところで感情をぶつけてしまうのです。
私自身、会社を経営し、チームをつくる中で、管理は「厳しさ」と「優しさ」のどちらかを選ぶものではないと感じるようになりました。
大切なのは、次の四つを同時に成立させることです。
管理は厳しく。任せる時は大胆に。配置の誤りは早く正す。そして、人には温かく。
一見すると矛盾しているようですが、根にある考え方は一つです。仕事と結果には原則を持ち、人の成長と尊厳には温度を持つということです。
1.管理は厳しく――厳しくするのは「表情」ではなく「基準」
多くの経営者は、社員に冷たくしたいわけではありません。ただ、いつ厳しくすべきか、どこまで機会を与えるべきかが曖昧なまま、問題を抱え込んでしまいます。
一度の遅刻には「仕方がない」と言い、目標未達には「もう1か月様子を見よう」と言い、顧客から苦情があっても「次から気をつけて」と伝えるだけ。そうして問題が積み重なった後、突然「どうして何もできないのか」と感情を爆発させてしまう。
しかし社員から見れば、それまで明確な基準を示されていなかったのに、ある日突然強く責められたことになります。これでは、何を改善すべきか分かりません。
本当の厳しさとは、毎日険しい顔をすることでも、強い言葉で人を動かすことでもありません。次の三点を明確にすることです。
- 何を達成しなければならないのか。
- いつまでに達成するのか。
- 達成できなかった時、どのように説明し、どう挽回するのか。
例えば、「今日の終業までに20件の顧客フォローを行う」が目標です。「すべての対応結果を記録する」が基準です。「未達の場合は当日中に理由と挽回策を報告する」が責任です。
目標、基準、責任が明確であれば、怒鳴る必要はありません。
これは、現在のHDGにとっても重要な課題です。事業が増え、会社や部門を越えた連携が複雑になるほど、経営者の頭の中にしかない基準では組織は動きません。社員が経営者の意図を毎回推測し、当たれば評価され、外れれば叱られるという状態からは、安定した組織能力は生まれません。
制度化の第一歩は、帳票を増やすことではなく、「完了とは何か」「合格とは何か」「期待以上とは何か」「問題が起きた時にどう修正するか」を共通言語にすることです。
低いレベルの管理は感情で圧力を生み、高いレベルの管理は基準で適度な緊張感を生みます。
2.任せる時は大胆に――人は責任の中で育つ
企業にとって大きな損失は、採用に失敗することだけではありません。可能性のある人を採用したのに、経営者が怖くて本当の仕事を任せられないことも、大きな損失です。
まだ若い。経験が足りない。この顧客は重要だから自分で対応しよう。この案件は失敗できないから、もう少し待とう。
そう考え続けると、経営者はいつまでも忙しく、社員はいつまでも育ちません。
私は、人材は保護するだけでは育たず、責任を引き受ける経験の中で鍛えられるものだと考えています。
責任感があり、現在の能力が70点で、学ぶ速度が速い人であれば、100点になるまで待つ必要はありません。80点の仕事を任せ、目標、判断の境界、利用できる資源、権限、確認のタイミングを明確にする。そうすれば、3か月後には90点まで成長しているかもしれません。
もちろん、失敗する可能性はあります。人材育成に伴うリスクをすべて本人に負わせるのではなく、管理者も育成コストとして引き受ける必要があります。
しかし、失敗を恐れて重要な仕事をすべて経営者が抱え続ければ、会社は「経営者個人の能力」から「組織の能力」へ移行できません。
ただし、大胆に任せることと、無計画に任せることは違います。より大きな責任を託す前に、少なくとも三つを確認すべきだと思います。
- 人としての誠実さと価値観に問題がないか。
- 困難な時にも結果から逃げない責任感があるか。
- 助言や失敗から学び、成長できるか。
この三つがあれば、現時点での能力不足は育成できます。反対に、能力が高くても責任感が弱い人へ大きな権限を渡せば、会社のリスクはかえって大きくなります。
任せる時の大胆さとは、人を追い込むことではなく、信頼に値する人へ本当の責任を渡すことです。
3.配置の誤りは早く正す――早く辞めさせることではない
採用は簡単に決めるのに、配置の見直しはいつまでも決められない。これは管理者が陥りやすい問題です。
半年以上その役割に合っていないと分かっていても、「長く働いてくれているから」「今は採用が難しいから」「次の人がもっと合わなかったら困るから」と判断を先延ばしにする。その結果、1年後も同じ問題が残ります。
明らかに役割と合っていない人を同じ場所に置き続けると、負担は経営者だけにとどまりません。
成果を出している人は「頑張っても頑張らなくても同じだ」と感じ、周囲は後始末を続け、管理者の時間とエネルギーも消耗します。そしてチームは、会社の基準は本当の基準ではないというメッセージを受け取ります。
ただし、「早く正す」とは、一度の失敗ですぐに退職を求めることではありません。まず、問題を三つの段階で考える必要があります。
できないなら教える。怖くて動けないなら、一度一緒に走る。それでもやろうとしないなら、速やかに判断する。
基準を説明し、方法を教え、必要な資源を用意し、改善の機会も与えた。それでも本人が結果を引き受けようとしないのであれば、単なる能力の問題ではなく、意欲と責任の問題です。
責任を引き受けない人を曖昧に残すことは、真面目に働く人へ負担を押しつけることになります。
一方で、人柄も能力も悪くないのに、現在の役割だけが合っていない場合もあります。その場合は、まず役割を替えることを考え、それでも難しい時に初めて雇用関係の見直しを考えるべきです。
ある人が一つの仕事に向いていないからといって、その人自身に価値がないわけではありません。
早くすべきなのは、人を否定することではなく、誤った組み合わせを止めることです。役割への判断は早く、人への結論は慎重に。
4.人には温かく――基準は冷静でも、人まで冷たくしない
最後の原則がなければ、前の三つは「強権的な管理」と誤解されてしまいます。
しかし、本当に成熟した管理は、仕事には妥協せず、人には敬意を失いません。
目標を達成できなかった社員には厳しく改善を求めても、人格を否定してはいけません。役割が合わなければ配置を替えても、皆の前で能力のない人間だと決めつける必要はありません。最終的に会社を離れることになっても、ルールを守りながら、その人の尊厳を守ることはできます。
私が考える「人に温かくする」とは、少なくとも次の四つです。
- 一人の人間として尊重する。
- 努力と貢献を正しく認める。
- 約束した報酬を惜しまず、速やかに支払う。
- 成長を願い、必要な時には率直に問題を伝える。
「社員は家族だ」と繰り返しながら、賞与の時期になると約束を曖昧にする会社もあります。一方、普段は大きな言葉を使わなくても、社員の家族に問題があれば支え、成果が出ればすぐに報い、退職する人にも公正な評価と応援を与える会社があります。
社員が感じ取るのは言葉ではなく、実際の行動です。
管理者は仕事に厳しくあっても、人への敬意を失ってはいけません。
難しいのは、四つを同時に実行すること
人には優しいが管理が曖昧であれば、雰囲気は良くても成果が出ません。
管理は厳しいが仕事を任せられなければ、すべての判断を経営者が抱え、社員は指示を待つだけになります。
仕事は任せるが配置の誤りを直せなければ、長く合わない人を周囲が支え続け、やがて優秀な人から離れていきます。
最初の三つができても、人への敬意がなければ、社員は管理者を恐れても、心から信頼することはありません。
成熟した管理者は、四つを同時に成立させます。
管理は厳しく、基準を曖昧にしない。任せる時は大胆に、責任を渡す。配置の誤りは早く正し、長期間放置しない。そして、人には温かく、どんな時も敬意を失わない。
管理者として自分に問いたい四つの質問
チームの名前を一人ずつ書き出し、次の四つを自分に問いかけてみます。
- 私は、この人に求める基準を明確に伝えているだろうか。
- 私は、この人へ本当に結果責任を任せているだろうか。
- この人は、現在の役割に本当に合っているだろうか。
- もし今日この人が会社を離れたとして、私から尊重され、大切にされたと感じるだろうか。
冒頭の問いに戻ります。3か月連続で目標を達成できなかった社員に、もう一度機会を与えるのか。それとも担当を替えるのか。
私の答えは、情だけで先延ばしにせず、感情だけで退職を迫らないことです。
基準は明確だったか。方法を教えたか。必要な資源を用意したか。改善の機会は十分だったか。そこまで行った上で、本人がなお結果を引き受けようとしない、あるいは役割との不一致が事実として明らかであれば、速やかに配置を見直すべきです。
それは冷たさではありません。役割、チーム、そして本人の将来に責任を持つことです。
良い管理とは、ただ寛容であることでも、ただ強くあることでもありません。原則と人情を両立させ、結果を求めながら、人の尊厳を守ることだと思います。